2026年8月17日のNHKニュースで、日本スーパーミドル級王者の京原和輝(きょうはら かずき)選手が紹介されました。
京原和輝選手は、佐賀県のこども園で保育教諭として働きながら、プロボクサーとしても活動する異色の日本チャンピオンです。
驚いたのは、日本王者になった現在も、大切な試合を控えながら保育の仕事に全力で向き合っていること。
仕事が終わると、片道約1時間半かけて福岡市の博多協栄ボクシングジムへ通い、練習を続けているそうです。
なぜ、そこまで頑張ることができるのでしょうか。
番組で語られたのは、京原選手自身が「謎の自信」と表現するメンタルの強さと、子どもたちに夢や希望を与えたいという思いでした。
今回は、保育士ボクサー・京原和輝選手の出身地や年齢、身長、戦績、結婚などのwiki風プロフィールとともに、プロボクサーの収入事情や、保育教諭として子どもたちと向き合う日々が日本一の原動力となった理由について紹介します。
京原和輝(保育士ボクサー)のwikiプロフィール
まずは、京原和輝選手のプロフィールを見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 京原和輝(きょうはら かずき) |
| 生年月日 | 1997年5月22日 |
| 年齢 | 29歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 佐賀県多久市 |
| 身長 | 183cm |
| 血液型 | O型 |
| 階級 | スーパーミドル級 |
| スタイル | オーソドックス |
| 所属 | 博多協栄ボクシングジム |
| デビュー | 2016年10月2日 |
| 職業 | 保育教諭・プロボクサー |
| 趣味 | 将棋 |
| 憧れのボクサー | 村田諒太、カネロ・アルバレス |
| 目標 | 世界チャンピオン |
京原選手は、佐賀県多久市出身。
身長183cmの大型ボクサーで、現在は博多協栄ボクシングジムに所属しています。
2016年10月にプロデビューし、2018年には西部日本ミドル級新人王を獲得しました。
現在の目標には「世界チャンピオン」を掲げています。
そして、京原選手にはもう一つの顔があります。
佐賀県上峰町の「ひよ子こども園かみみね」で働く保育教諭、「かずき先生」です。
京原和輝の経歴|保育教諭とプロボクサーの二刀流
京原選手はプロボクサーとして活動する一方、保育教諭として子どもたちと接する毎日を送っています。
2026年6月、日本タイトルに挑戦する直前にも、こども園で2歳児クラスを担当していました。
2026年8月17日のNHKニュースでは、日本王者となった現在も、大切な試合を控えながら子どもたちと全力で向き合う姿が紹介されていました。
職場の主幹保育教諭・山下未華さんは、京原選手について、
「保育でもボクサーとしても120%で全力で力を注いであると思います」
と話していました。
「注いである」はNHKのテロップで表示されていた表現ですが、その言葉からも、京原選手がボクシングだけでなく、保育の仕事にも全力で取り組んでいることが伝わってきます。
仕事後に片道1時間半かけて博多協栄ボクシングジムへ
さらに驚くのが、その生活です。
NHKの放送によると、京原選手は保育の仕事を終えたあと、片道約1時間半かけて福岡市にある博多協栄ボクシングジムへ通っているそうです。
博多協栄ボクシングジムは福岡市南区にあり、京原選手は同ジムのA級ボクサーとして所属しています。
保育の仕事を全力でこなし、その後長時間かけて移動し、プロボクサーとしてトレーニング。
簡単に真似できる生活ではありません。
京原和輝の戦績は?2026年に日本スーパーミドル級王者へ
京原和輝選手のプロ戦績は、2026年8月現在、
16戦10勝(5KO)3敗3分
です。
そして2026年6月22日、東京・後楽園ホールで行われた日本スーパーミドル級王座決定戦に勝利。
念願の日本チャンピオンとなりました。
園児たちの花道を通ってリングへ
2026年8月17日のNHKニュースでは、日本タイトルマッチ当日の様子も紹介されました。
印象的だったのが、試合に向かう京原選手を子どもたちが送り出す場面です。
こども園から提供された映像では、子どもたちが作った花道の中を「かずき先生」が歩いてリングへ向かう姿が映されていました。
試合中も、こども園から提供された最前列付近からの映像が紹介されていました。
そして、日本タイトルを獲得。
勝利後のリング上では「子どもたちにメッセージを」と促され、京原選手は、子どもたちにはスポーツ選手になりたいなど、これからさまざまな夢があると思うとしたうえで、
先生も頑張っている姿を見せることで、子どもたちにも、もっといろいろな道を開いていってほしい
という思いを語っていました。
その後には、1歳くらいに見える幼い子どもを抱き、そばにいた子どもたちと一緒に大きな拍手を受ける姿も紹介されました(上のインスタ画像の4枚目を参照)。
そして、祝賀会では地域の方々と一緒に子ども達にもお祝いしてもらっている様子がとても印象的でした。
京原和輝は結婚してる?妻と子どもも
京原和輝選手は、2024年7月27日に結婚しています。
本人のInstagramによると、2024年1月の彼女の誕生日にプロポーズし、交際3年目の記念日に入籍したそうです。
その後、2025年12月には妻と赤ちゃんとの家族写真も公開。「ハーフバースデー記念」と投稿していることから、お子さんがいることも分かります。
日本タイトル獲得後には、自身の子どもとみられる幼い子を抱き、応援に駆けつけた子どもたちとリング上で喜びを分かち合う姿もありました。
プロボクサーはボクシングだけで生活できる?収入事情も調査
京原選手が保育教諭として働いている姿を見て、
「日本チャンピオンでも別の仕事をしているの?」
と疑問に感じた方もいるのではないでしょうか。
実は「プロボクサー」といっても、すべての選手がボクシングの収入だけで生活しているわけではありません。
プロボクサーの平均年収や中央値は?
プロボクサー全体の「平均年収」や「年収中央値」について調べましたが、日本ボクシングコミッション(JBC)などによる信頼できる公的な統計は確認できませんでした。
そもそもプロボクシングは、一般的な会社員のように毎月一定の給料が支払われる仕事ではありません。
試合のファイトマネーのほか、選手によってはスポンサーやチケット販売、激励賞などによる収入があります。
さらに、一般のプロボクサーと世界トップクラスでは収入に非常に大きな差があります。
そのため「プロボクサーの平均年収は○万円」と一つの数字だけで表すと、実態が見えにくい職業でもあります。
プロボクサーのファイトマネーはいくら?
一般的なファイトマネーについて、亀田興毅さんは2022年のITmediaのインタビューで、
- 4回戦ボクサー:約6万円
- 6回戦ボクサー:約10万円
- 8回戦ボクサー:約16~20万円
と説明しています。
さらに、現金ではなくチケットによってファイトマネーが支払われるケースもあるといいます。
Number Webでも、プロボクサーについて「専業でやっていくのはまず不可能と言われる」としたうえで、4回戦から日本王者・世界ランカーまでのファイトマネー事情が紹介されています。
金額は選手や興行によって異なるため一概にはいえませんが、一般の人がイメージする「プロスポーツ選手」とは、少し違った収入事情があるようです。
JBCの2023年の資料を見ると、ボクサーライセンス取得者2,178人のうち、A級は602人、B級は209人、C級は1,367人。
約6割がC級ボクサーでした。
こうした事情を考えると、別の仕事を持ちながらプロボクサーとして活動する選手がいることも不思議ではありません。
ただし、プロボクサーのうち「何割が兼業しているのか」という信頼できる統計は確認できなかったため、具体的な割合については分かりません。
では京原和輝も収入のために保育士をしている?
ここまで読むと、
「京原選手もボクシングだけでは生活できないから保育教諭を続けているの?」
と思うかもしれません。
もちろん、京原選手自身の収入や、保育教諭を続ける経済的な理由について本人が明かしているわけではないため、外から判断することはできません。
しかし、京原選手が語っている言葉を聞くと、少なくとも保育の仕事を単なる生活のための仕事として捉えているわけではないことが伝わってきます。
京原和輝が保育士を続ける理由は?日本一の原動力になった子どもたち
2026年8月17日のNHKニュースで印象的だったのが、京原選手が、保育士としての日常があったからこそ日本チャンピオンになれたことを示したいという思いを持っていることでした。
実際、日本王者になる直前の取材でも、
「子どもたちに僕の姿を見てもらい夢や希望を抱いてもらっていろんなことに挑戦できるということを思ってほしくて」
と話していました。
日本王者となった後にも、子どもたちへ「夢や希望や挑戦は、諦めずに努力すれば何にでもなれるとボクシングを通して保育士として伝えたい」と語っています。
保育教諭の仕事とボクシング。
京原選手にとって、この二つは別々のものではないのかもしれません。
なぜそこまで頑張れる?答えは「謎の自信」
NHKのインタビューでは、
「なぜそこまで頑張れるのか」
という質問もされていました。
京原選手は、保育にもボクシングにも自信があり、子どもたちにも夢や希望を与えたい、自分自身も頑張りたいという思いを語ったうえで、その原動力を、
「謎の自信」
と表現していました。
そして、
「自信が全部つなげてくれたかな」
とも。
この言葉は、とても京原選手らしいように感じました。
どちらかを犠牲にしてもう一方を頑張るのではなく、保育にもボクシングにも全力で向き合う。
保育で得たものがボクシングにつながり、ボクシングで挑戦する姿を今度は子どもたちに見せる。
二つの仕事が、お互いを支える関係になっているのかもしれません。
理学療法士として感じたこと|「誰かのため」は大舞台で力になる?
京原選手の「子どもたちに夢や希望を与えたい」という言葉を聞いていて、理学療法士として一つ思い出したことがありました。
2026年4月22日放送の『ホンマでっか!?TV』で、元スピードスケート選手・髙木菜那さんをはじめ、アスリートや経営者へのメンタル指導を行う飯山晄朗先生が紹介していた話です。
その中で飯山先生は、
「大舞台で結果を出せる人は誰かのためと思える人」
と解説していました。
「国のため」「みんなのため」のような大きな対象ではなく、自分が結果を出すことで喜んでくれる具体的な人の顔を思い浮かべることがポイントなのだそうです。
もちろん、京原選手が日本チャンピオンになれた理由を、これだけで説明することはできません。
長年積み重ねてきたトレーニングや技術、身体能力、戦略など、さまざまな要因があっての結果です。
ただ、京原選手には「誰かのため」の“誰か”が、とてもはっきりしているように感じました。
それが、毎日保育の現場で向き合っている子どもたちです。
子どもたちに夢や希望を与えたい。
先生も頑張っている姿を見せたい。
そしてタイトルマッチ当日には、その子どもたちが花道を作り、「かずき先生」を送り出しました。
京原選手はその先で日本チャンピオンとなり、今度はリングの上から子どもたちへ「夢を持って道を開いていってほしい」という思いを伝えています。
子どもたちから力をもらい、自分が挑戦する姿をまた子どもたちへ返していく。
そんな循環も、京原選手の強さを支える一つの力になっているのかもしれません。
NHKでは、京原選手について、
子どもたちを守る日々が日本一の原動力となった「かずき先生」
と紹介されていました。
保育教諭とプロボクサー。
一見するとまったく違う二つの仕事ですが、京原選手にとっては、その両方があるからこそ今の自分があるのかもしれません。
まとめ
今回は、保育士ボクサーとして注目されている日本スーパーミドル級王者・京原和輝選手について、出身地や年齢、身長、戦績、保育教諭としての仕事について紹介しました。
京原選手は佐賀県多久市出身で、身長183cm。
2016年にプロデビューし、2026年6月22日に日本スーパーミドル級王座を獲得しました。
一方で、日本王者となった現在も保育教諭として子どもたちと全力で向き合い、仕事を終えると片道約1時間半かけて福岡市のジムへ通っています。
プロボクサーの世界には、ボクシング以外の仕事を持ちながら競技を続ける選手もいます。
しかし京原選手の場合、保育は単にボクシングと並行して行う「もう一つの仕事」ではなく、日本一を目指す原動力にもなっているようです。
その力を本人は「謎の自信」と表現していました。
子どもたちに夢や希望を与えたいとリングに立ち、日本一になった「かずき先生」。
そして現在の目標は、世界チャンピオンです。
子どもたちの前で、日本一の次にはどんな夢をかなえてくれるのか。
保育教諭として、そしてプロボクサーとして挑戦を続ける京原和輝選手に、これからも注目したいと思います。
▶あわせて読みたい!
メンタル指導を行う飯山晄朗先生が登場した4/23ホンマでっかTVの「運を上げる方法」まとめ!独り言・ゲン担ぎ・宝くじ売り場の統計は?👇
【アナザースカイ】中谷潤人はなぜ15歳でロサンゼルスへ?井上尚弥戦後に原点を訪ねる👇
地元アスリート1位は?47都道府県スポーツ選手一覧(ランキング)&選出理由とインタビュー概要!【県民スポーツ栄誉賞】👇





コメント