2026年8月、八村塁選手が男子バスケットボール日本代表に復帰しました。
8月15日に有明アリーナで行われた韓国代表との強化試合では、復帰戦でいきなりゲームハイの22得点。日本代表を88-68の勝利に導きました。
試合を見ていて改めて感じたのが、八村選手の圧倒的なフィジカルの強さです。
203cm、100kgを超える大きな身体で、体勢が崩れそうな状況でも身体をコントロールし、シュートを決め切る——。
理学療法士として見ていると、単に「筋肉がすごい」「身体が大きい」だけでは説明できない身体能力を感じます。
八村選手は、日本人の母親とベナン出身の父親を持つことでも知られています。
では、八村選手のフィジカルの強さには、両親から受け継いだルーツも関係しているのでしょうか。
今回は八村塁選手の国籍や両親のルーツを確認しながら、スポーツ科学の研究で分かっている一般的な知見も紹介。
そのうえで、八村選手の「当たり負けしない体」のすごさを、理学療法士の視点から考察してみたいと思います。
※この記事では、研究で報告されている集団としての傾向と、八村選手個人の身体的特徴を分けて紹介しています。八村選手本人の筋線維組成や遺伝子型などが公表されているわけではありません。
八村塁の国籍・両親は?日本とベナンにルーツ
八村塁選手は、1998年2月8日に富山県で生まれました。
父親が西アフリカのベナン出身、母親が日本人です。
八村選手は日本国籍を持ち、日本代表としても長くプレーしてきました。
NBAでは日本人選手として活躍し、その恵まれた体格や高い身体能力にも注目が集まっています。
父親はベナン出身・母親は日本人
八村選手の父親の出身地であるベナン共和国は、西アフリカに位置する国です。
そのため八村選手は、日本と西アフリカの両方にルーツを持つことになります。
ここで気になるのが、
「八村選手の高い身体能力には、ルーツも関係しているの?」
ということではないでしょうか。
スポーツ科学の分野では、筋線維の構成や瞬発的な運動能力に関連する遺伝子について、集団による違いを調べた研究があります。
ただし、ここは慎重に考える必要があります。
八村塁のフィジカルの強さはルーツと関係する?
身体能力には、筋肉量や骨格だけでなく、筋線維の構成、神経系、トレーニング、競技経験、技術など、さまざまな要素が関係します。
そして、その一部には遺伝的な要因が関係することも知られています。
速筋線維の割合には集団による違いを報告した研究も
人間の骨格筋には、大きく分けると、持久的な運動を得意とする遅筋(Type I)と、短時間で大きな力を発揮しやすい速筋(Type II)があります。
バスケットボールのように、ダッシュ、ジャンプ、急加速などを繰り返す競技では、速筋の働きも重要になります。
1980年代に行われたAmaらの筋生検を用いた研究では、黒人男性と白人男性の筋線維組成などを比較し、集団間で筋線維の構成に違いがみられたことが報告されています。
こうした研究から、ルーツによって筋線維組成などに集団として一定の傾向がみられる可能性は研究されてきました。
ただし、これはあくまで「研究対象となった集団でみられた傾向」です。
八村選手自身の筋肉を生検して筋線維の割合を調べたデータが公表されているわけではありません。
そのため、
「西アフリカにルーツがあるから、八村選手は速筋が多い」
と個人に当てはめて考えることはできません。
瞬発力との関連が研究されている「ACTN3遺伝子」
スポーツ科学では、「ACTN3」という遺伝子についても研究されています。
ACTN3によって作られるαアクチニン3は、主に速筋線維で発現するタンパク質です。
Yangらが2003年に発表した研究では、ACTN3の遺伝子型とエリートアスリートの競技特性との関連が調べられ、スプリントやパワー系競技との関連が報告されました。
その後もACTN3は、瞬発的な運動能力との関連について数多く研究されています。
こうした研究を見ると、私たちの身体能力に遺伝的な要素が関係していること自体は、とても興味深いものです。
一方で、八村選手自身がどのACTN3遺伝子型を持っているのかは公表されていません。
もちろん、ひとつの遺伝子だけで一流アスリートになれるわけでもありません。
「ルーツ=身体能力」だけでは説明できない
筋線維や遺伝子についての研究は興味深いものですが、競技者としての身体能力はそれだけで決まるものではありません。
筋力や筋量、トレーニング歴、競技技術、神経筋の協調性、姿勢制御、状況判断など、多くの要素が組み合わさって実際のパフォーマンスになります。
そして八村選手のプレーを理学療法士として見ていると、個人的には「筋肉が強い」「瞬発力がある」ということ以上に気になる能力があります。
それが、大きな身体を自在にコントロールする能力です。
八村塁はなぜ当たり負けしない?理学療法士がフィジカルを考察
八村選手はNBAの中でも体格を生かした力強いプレーを見せています。
特に印象的なのが、相手選手からコンタクトを受けながらもゴールへ向かい、そのままシュートを決め切る場面です。
「当たり負けしない」というと単純に筋力が強いように思えますが、身体の動きとして考えると、それだけではありません。
① 203cm・100kg超の大きな身体そのものが武器
八村選手は身長203cm、体重は100kgを超える大型選手です。
接触のあるバスケットボールでは、これだけの体格そのものが大きな武器になります。
ただし、身体が大きければ大きいほど、それを素早く動かすためには大きな力が必要です。
さらに、走っている大きな身体を止めるときにも大きな力が必要になります。
つまり八村選手のすごさは、単に「100kg以上あるから当たりに強い」ということではありません。
100kgを超える身体をNBAのスピードの中で動かせること自体がすごいのだと思います。
そして、八村選手の「当たり負けしない体」は、生まれ持った体格だけで作られたものでもないようです。
ウィザーズ時代の2020年、シーズン中断期間中にウエートトレーニングに取り組んで体重を増やした八村選手は、クリッパーズとの練習試合後に「当たり負けしないようになったと感じている」と、その効果について語っています。
この試合では、NBAを代表するフィジカルの強い選手の一人、カワイ・レナードともマッチアップ。
15得点10リバウンドのダブルダブルを記録しました。
理学療法士として考えても、大切なのは単純に「体重を増やす」ことではありません。
増えた身体を競技の中で加速・減速させ、接触を受けながらコントロールできなければ、バスケットボールのパフォーマンスにはつながりません。
八村選手の場合、恵まれた体格に加えて、NBAで戦うために身体を作り、その大きな身体を動かす能力まで高めてきたことが、現在のフィジカルの強さにつながっているのではないでしょうか。
② 体勢を崩してもシュートを決め切れる「姿勢制御」
私が八村選手を見ていて特にすごいと感じるのが、体勢が崩れそうな場面での身体の使い方です。
2026年8月15日に行われた韓国代表との強化試合でも、その身体コントロールの高さを感じる場面がありました。
特に印象に残ったのが、第3クオーター終了間際に決めたブザービーターです。
前方に相手選手がいる中、八村選手は空中で身体をひねりながらシュートを放ち、見事に決め切りました。
シュート後は着地とともに後方へ倒れ込んでいたことから、空中ではやや後方へ重心が移動していたように見えます。
それでも映像を見返すと、シュートを放つ瞬間の身体の軸は大きく崩れているようには見えませんでした。
ここで理学療法士として興味深いと感じたのが、これまでの経験を生かした「フィードフォワード」と姿勢制御です。
スポーツでは、実際に身体が崩れてから反応するだけでは間に合わないことがあります。
相手選手の位置や自分のスピード、ジャンプしたときの身体の状態などから、このあと身体にどのような力が加わるのかを予測し、あらかじめ姿勢や筋活動を調整する「フィードフォワード」と呼ばれる制御があります。
八村選手のこのシュートを見ていると、NBAをはじめとする数多くの試合で積み重ねてきた経験をもとに、相手の守備や自分の身体の状態を瞬時に予測し、空中で身体をコントロールしているように感じました。
もちろん、映像だけから実際の筋活動や神経制御を確認することはできません。
それそれでも、203cm・100kgを超える大きな身体を使いながら、状況に応じてこれほど繊細に身体をコントロールできることは、八村選手のフィジカルの大きな強みのひとつではないかと思います。
「体幹が強い」は腹筋が強いだけではない
さらに、もうひとつ印象的だったのが、八村選手の表情でした。
バスケットボールは、急加速や急減速、ジャンプ、方向転換など、重心が激しく移動するスポーツです。
しかし、この日の八村選手は、そうした激しい動きの中でも最初から最後までどこか余裕のある表情に見えました。
淡々とプレーに集中し、身体を必要以上に力ませているようにも見えません。
スポーツ選手について「体幹が強い」という言葉をよく耳にしますが、体幹の強さは、単純に腹筋運動がたくさんできることとは少し違います。
理学療法士として見ても、身体を安定させることは、全身をガチガチに固めることと同じではありません。
胸郭や骨盤、股関節、下肢などを協調させながら、必要なところではしっかり力を発揮し、動かすところは動かして次の動作へつなげていく。
特にコンタクトのあるバスケットボールでは、相手から加えられる力にも対応しながら、その瞬間に必要な姿勢を作り続けることが求められます。
八村選手が体勢を崩しそうな状況でもプレーを続けられる背景には、単純な筋力だけでなく、こうした動的な姿勢制御能力も関係していると考えられます。
さまざまな緩急のある動きの中でも、身体だけでなく表情まで大きく揺らぐことなく、その先のゴールへ集中しているように見える姿。
そこに、NBAという世界最高峰の舞台で戦ってきた選手としての「格の違い」を感じました。
③ 大きな身体を「止められる」減速能力もすごい
もうひとつ注目したいのが「止まる能力」です。
スポーツでは「速く走れる」「高く跳べる」といった能力に目が向きやすいのですが、実はバスケットボールでは減速する能力も非常に重要です。
ドライブで加速したあと、
急減速する。
方向を変える。
ジャンプする。
そしてシュートを打つ。
こうした動作が連続します。
身体を減速させる場面では、大腿部や殿筋群などが伸ばされながら力を発揮する「伸張性収縮(エキセントリック収縮)」も重要になります。
しかも八村選手の場合は100kgを超える身体です。
大きな質量を高速で移動させながら、必要な場所で減速し、次の動作へ移る。
これは単に「パワーがある」だけでは難しい動きです。
速く動けることと、必要な瞬間に止まれること。
この両方を高いレベルで行えることも、八村選手のフィジカルの強さにつながっているのではないでしょうか。
八村塁のフィジカルの本当のすごさは「大きな体を操れること」?
八村選手には、日本とベナンという2つのルーツがあります。
スポーツ科学では、筋線維組成やACTN3など、身体能力と遺伝的要因との関係についてさまざまな研究が行われてきました。
こうした研究は、人間の身体能力を考えるうえで興味深いものです。
しかし、集団を対象とした研究結果を、そのまま八村選手個人に当てはめることはできません。
そして実際の八村選手のプレーを見ていると、理学療法士として私が魅力を感じるのは、むしろ「持っている身体をどう使っているか」という部分です。
203cm・100kgを超える身体を加速させる。
必要なところで減速する。
体勢を崩すような場面でも姿勢をコントロールする。
そして最後には、シュートという正確性を求められる動作をやり切る。
八村選手の「フィジカルが強い」という言葉の中には、筋肉量や体格だけではなく、こうした高度な身体コントロール能力まで含まれているのではないかと思います。
まとめ
今回は、八村塁選手の国籍や両親のルーツとともに、「なぜフィジカルが強いのか」を理学療法士の視点から考察しました。
八村選手は日本人の母親とベナン出身の父親を持ち、日本と西アフリカにルーツがあります。
スポーツ科学では、筋線維組成やACTN3遺伝子などについて集団による違いや競技能力との関連を調べた研究があります。
ただし、それらは八村選手本人の身体能力を証明するものではありません。
実際のプレーを見ていて感じる八村選手のすごさは、恵まれた体格や筋力だけではなく、大きな身体を高速で動かし、止め、体勢が崩れそうな状況でも繊細にコントロールしながらプレーを完結できること。
「フィジカルが強い」という一言の中には、単純な筋力だけでなく、相手や自分の動きを予測するフィードフォワードや、動的な姿勢制御まで含まれているのではないかと思います。
これから八村選手の試合を見るときには、豪快なシュートや得点だけでなく、「体勢を崩した直後の身体の立て直し方」や「大きな身体をどう止めているのか」に注目してみるのも面白いかもしれません。
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