元サッカー日本代表で、セレッソ大阪や徳島ヴォルティスなどで活躍した柿谷曜一朗さん。
「天才」と呼ばれ、日本代表として2014年ブラジルワールドカップにも出場した柿谷さんですが、2024シーズンを最後に現役を引退しました。
そんな柿谷さんが、2026年10月6日放送の『踊る!さんま御殿!!』「体調すぐ悪くなる有名人SP」に出演。
番組の事前情報では、
「引退する前の3年間はベッドから移動するのも困難だった」
という、現役時代の壮絶な状態が紹介されています。
実は柿谷さんは現役晩年、アキレス腱の激しい痛みに悩まされ、徳島ヴォルティス時代には試合に出場するために年間約50本もの麻酔注射を打っていたことを明かしています。
そこまでして、なぜプレーを続けていたのでしょうか。
この記事では、
・柿谷曜一朗さんはなぜ現役を引退したのか
・アキレス腱に年間約50本の麻酔注射を打っていた理由
・引退前の3年間はなぜベッドから移動するのも困難だったのか
・現役時代に経験した大きなケガ
・理学療法士として気になったポイント
についてまとめます。
柿谷曜一朗はなぜ引退した?
柿谷曜一朗さんは、2024シーズンを最後に現役を引退しました。
プロ生活は19年間。
JリーグではJ1通算238試合52得点、J2通算234試合30得点を記録し、日本代表としても国際Aマッチ18試合に出場して5得点を挙げています。
現役生活の後半、柿谷さんを悩ませていたのがアキレス腱の痛みでした。
ただし、
「アキレス腱のケガが原因で引退した」
と単純に考えるのは少し違うようです。
2025年1月に行われた引退会見で柿谷さんは、サッカーへの情熱がなくなったわけではないと説明。
一方で、数年前から「新しいステージに立ってみたい」「新しいことに挑戦してみたい」という気持ちも持っていたことを明かしています。
実際、引退時にはほかのJクラブからオファーもあったそうです。
それでも、中途半端な気持ちで現役を続けるのは違うと考え、35歳で引退することを決断しました。
つまり柿谷さんの引退は、
・現役晩年に抱えていたアキレス腱の痛み
・長いプロ生活による身体への負担
・新しいことに挑戦したいという気持ち
・中途半端な状態で現役を続けたくないという思い
など、さまざまな要素が重なった末の決断だったと考えられます。
柿谷曜一朗はアキレス腱に年間約50本の麻酔注射を打っていた
柿谷さんの現役晩年の状態を知って、特に驚いたのが「注射の本数」です。
2025年1月の引退会見後の取材で、柿谷さんは徳島ヴォルティス時代について、アキレス腱に年間約50本もの注射を打っていたことを明かしています。
しかも、単なる痛み止めではありません。
報道によると、患部に麻酔注射を打ち、痛みを感じない状態にしてピッチに立っていたそうです。
柿谷さん自身、アキレス腱は非常に痛かったものの、麻酔をすればプレーすることはできたと振り返っています。
しかし、麻酔によって一時的に痛みを感じにくくなっても、身体そのものの負担がなくなるわけではありません。
試合を終えて自宅に戻ると、痛みが強すぎて30分ほど話せないこともあったといいます。
年間約50本。
単純に数字を見るだけでも、どれほど厳しい状態でシーズンを戦っていたのかが伝わってきます。
それでも柿谷さんは、徳島ヴォルティスのためにプレーを続けました。
メディカルスタッフから「治してあげられなくてごめん」と言われても、自分自身が注射を打ってほしいと頼んでいたとして、治療に関わった医師やスタッフへの感謝も語っています。
引退前の3年間はベッドから移動するのも困難だった?
2026年10月6日放送の『踊る!さんま御殿!!』では、柿谷曜一朗さんが現役最後の3年間について語りました。
柿谷さんによると、アキレス腱を痛めてから3年ほどで現役を引退。
その3年間はさまざまな治療を受けたものの、なかなか治らなかったそうです。
さらに驚いたのが、当時の日常生活についての話です。
朝起きてベッドから食事をする場所まで移動するだけでも、15~20分ほどかかっていたとのこと。
柿谷さんは当時について、「歩けなかった」と振り返っていました。
試合では華麗なプレーを見せていた柿谷さんですが、その裏では日常生活で歩くことさえ難しいほどの痛みと向き合っていたことになります。
番組では、この話を聞いた長嶋一茂さんが、
「アキレス腱を痛める人は優秀」
とコメント。
その理由について、非常に大きな筋力を発揮できるため、その出力の代償としてアキレス腱が耐えられなくなる、という趣旨の話をしていました。
柿谷さんも、その話を聞きながらうなずいていました。
ただし、「アキレス腱を痛める人=筋力の出力が高く優秀」という考え方は、番組内で長嶋さんが語った見解です。
医学的にはアキレス腱の障害には、競技による繰り返しの負荷だけでなく、年齢やトレーニング量、腱の状態などさまざまな要因が関係します。
それでも、年間約50本もの麻酔注射を打ちながら試合に出場し、朝は歩くことさえ難しい状態だったという柿谷さんの話からは、現役最後の数年間に身体へ相当な負担がかかっていたことが伝わってきます。
柿谷曜一朗は現役時代に大きなケガも経験
柿谷さんは長い現役生活の中で、アキレス腱以外にもさまざまなケガを経験しています。
中でも大きかったのが、2016年の右足首の負傷です。
セレッソ大阪復帰後の2016年6月に右足関節靱帯を損傷。
その後、手術を受けることになりました。
さらにキャリア後半にも負傷による離脱を経験。
2022年には名古屋グランパス在籍中に左腓骨筋腱を損傷し、手術を受けています。
そして2023年に徳島ヴォルティスへ復帰したころには、今度は右足のアキレス腱の痛みに悩まされることになります。
もちろん、過去の足首のケガと後年のアキレス腱痛に直接的な因果関係があったのかは、本人や医師が明言していない以上、断定することはできません。
ただ、長いプロ生活の中で何度も下肢のケガと向き合いながらプレーを続けていたことは分かります。
理学療法士として気になる「ベッドから動けないほどの痛み」
私は理学療法士として働いているので、
「引退前の3年間はベッドから移動するのも困難だった」
という言葉はかなり気になりました。
スポーツ選手というと、
「試合に出場できている=日常生活も普通に送れている」
と思ってしまいがちです。
しかし、実際には必ずしもそうとは限りません。
競技中にはウォーミングアップや治療、テーピングなど、さまざまな方法で身体を動かせる状態に整えている選手もいます。
柿谷さんの場合は、実際にアキレス腱へ麻酔注射を打って試合に出場していたことも明らかになっています。
一方で、
・ベッドから起き上がるときに何がつらかったのか
・立ち上がることが難しかったのか
・最初の一歩が痛かったのか
・アキレス腱以外にも症状があったのか
などは、現時点では分かりません。
そのため「この症状だから○○だった」と推測するのではなく、今回の『さんま御殿』で柿谷さん本人がどのように説明するのかを確認したいと思います。
ただ、年間約50本もの麻酔注射を打ちながら試合に出ていたという事実だけを見ても、私たちがテレビやスタジアムで見ていた柿谷さんのプレーの裏側には、想像以上の痛みがあったことが分かります。
柿谷曜一朗は身体だけでなく精神的にも苦しい時期があった
柿谷さんは、長い現役生活の中で身体だけでなく精神的にも苦しい時期があったことを明かしています。
2026年にはテレビ番組で、現役時代に練習場へ向かう途中で過呼吸になり、病院で「抑うつ状態」と診断された経験を告白しました。
若いころから「天才」と呼ばれ、日本代表や海外クラブでもプレーした柿谷さん。
華やかなキャリアに見える一方で、その裏ではさまざまな苦悩を経験していたようです。
ただし、この時期の精神的な不調と2024シーズン限りでの引退を直接結びつけることはできません。
引退については本人が、新しいことへ挑戦したいという思いなど複数の理由を語っています。
身体の痛みも精神的な苦しさも経験しながら、19年間プロサッカー選手としてプレーを続けたことになります。
まとめ|柿谷曜一朗は満身創痍で現役生活を続けていた
今回は、柿谷曜一朗さんが現役を引退した理由や、アキレス腱に年間約50本もの麻酔注射を打っていたというエピソードについて調査しました。
柿谷さんは現役生活の後半、アキレス腱の強い痛みに悩まされていました。
徳島ヴォルティス時代には年間約50本もの麻酔注射をアキレス腱に打ち、試合後には痛みでしばらく話せなくなることもあったといいます。
さらに2026年10月6日放送の『踊る!さんま御殿!!』では、「引退する前の3年間はベッドから移動するのも困難だった」という驚きのエピソードも紹介されます。
ただし、柿谷さんの引退理由はケガだけではありません。
新しいステージに進みたいという思いなど、さまざまな理由を考えたうえでの決断でした。
ピッチ上では華麗なプレーで「天才」と呼ばれた柿谷曜一朗さん。
そのプレーの裏側で、これほどの痛みと向き合っていたことには驚かされます。
『さんま御殿』で「ベッドから移動するのも困難だった3年間」について詳しい内容が語られれば、放送後に追記していきます。
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