2026年10月6日放送の『プラチナファミリー』では、イタリア・ローマで暮らす日本人、延安昭一(のぶやす・しょういち)さんが紹介されました。
延安さんは、なんと86歳の現在も現役で活動するテノール歌手。
さらにもう一つの顔が、ローマで長年愛されている日本料理店「hamasei(濱清)」のオーナーです。
番組を見ていて気になったのが、
「なぜオペラ歌手がローマで日本料理店を?」
ということ。
実はそこには、延安さんの妻と、東京・浅草の老舗会席料理店「濱清」との深いつながりがありました。
この記事では、『プラチナファミリー』で紹介された内容をもとに、延安昭一さんのテノール歌手としての経歴や、ローマにhamasei(濱清)をオープンした理由についてまとめます。
ローマhamasei(濱清)のオーナーはオペラ歌手!
ローマで人気の日本料理店「hamasei(濱清)」。
そのオーナーが、世界的なテノール歌手として活躍してきた延安昭一さんです。
延安さんは2026年現在86歳。
番組では現在も現役のテノール歌手として紹介されていました。
男性歌手の中でも高い音域を担当するテノール。
特にオペラの本場・イタリアでは、テノール歌手というだけでも尊敬を集める存在なのだそうです。
延安さんは1961年に東京藝術大学を卒業。
マッシモ劇場主催のコンクールに入選し、オペラでイタリア政府から奨学金を得ました。
そして1965年、イタリア政府留学生としてイタリアへ渡ります。
今から約60年前。
延安さんによると、当時は周囲に日本人がほとんどいないような時代だったそうです。
その後もテノール歌手として活躍を続け、
- 1980年:ティート・スキーパ賞
- 1990年:ベニャミーノ・ジーリ賞
など、数々の賞を受賞。
さらにイタリアでは名誉市民にもなっています。
日本から遠く離れたオペラの本場で評価され、長年にわたって歌い続けてきたすごい方なんですね。
延安昭一はローマに日本料理を広めたパイオニア
延安昭一さんには、
「世界的なテノール歌手」
という顔に加えて、もう一つ大きな顔があります。
それが、イタリア・ローマに日本料理を広めたパイオニアとしての顔です。
延安さんが「hamasei(濱清)」をオープンしたのは1974年。
当時34歳でした。
1970年代のローマでは、まだ日本料理そのものがほとんど知られていなかった時代。
現在では世界中で人気の寿司も、当初はなかなか受け入れてもらえなかったそうです。
延安さんはオープン当初について、
「こんなゲテモノ食べられない」
と言われたこともあったと振り返っていました。
さらに、
「食文化は50年遅れている」
とまで言われたことがあったのだとか。
今ではイタリアでも寿司や日本食が当たり前のように食べられていることを考えると、わずか50年ほどで驚くほど変化したことが分かります。
延安さんによると、現在ではイタリア人の約90%が箸を上手に使えるとも。
そんな時代になるずっと前から、ローマで日本料理を提供していたのがhamaseiだったんですね。
hamasei(濱清)は150席が連日満席の人気日本料理店
現在のhamasei(濱清)は、ローマでも人気の日本料理店となっています。
店内は全150席。
番組では連日満席になるほどの人気店として紹介され、お客さんのほとんどが地元ローマの人だということでした。
日本人観光客向けの日本料理店というより、ローマの人たちに日本食が受け入れられ、日常的に楽しまれているお店なんですね。
店内には寿司カウンターもあり、日本人の板前さんが目の前で寿司を握ります。
オープン当初には「ゲテモノ」とまで言われた寿司が、現在では人気メニューの一つ。
約50年にわたってローマで日本料理を提供してきたhamaseiだからこそ、その変化を間近で見てきたのでしょう。
店舗情報|Roma Hamasei(割烹 濱清)
- 店名: Roma Hamasei(割烹 濱清)
- 創業: 1974年(東京・浅草の割烹 濱清のローマ支店)
- 住所: Via della Mercede, 35/36, 00187 Roma RM, イタリア
- アクセス: スペイン広場やトレヴィの泉から徒歩約5分(地下鉄A線 Spagna駅から徒歩約7分)
- 電話番号: +39 06 679 2134
- 公式サイト: Roma Hamasei 公式サイト
hamaseiでは和牛すき焼きも人気!
hamasei(濱清)でイタリア人に人気なのは、寿司だけではありません。
番組で紹介されたもう一つの人気メニューが「和牛すき焼き」です。
使用されているのは、スペイン国内で和牛の遺伝子を選別して生産された「スペイン産Wagyu」。
価格は48ユーロで、番組では日本円にして約8,820円と紹介されていました。
イタリアでは、すき焼きのような形式で肉を味わう料理は珍しいのだそう。
日本人にとってはおなじみのすき焼きも、ローマでは日本ならではの食文化として楽しまれているようです。
なぜオペラ歌手がローマで日本料理店を始めた?
では、世界的なテノール歌手として活動していた延安昭一さんが、なぜローマで日本料理店をオープンしたのでしょうか。
その理由をたどっていくと、延安さんの妻の存在につながります。
実は延安さんの妻は、東京・浅草にあった老舗会席料理店「濱清」の長女でした。
延安さんが25歳、妻が23歳の頃。
妻は23歳で家を出て、延安さんのいるローマへ移住することを決意します。
しかし、妻は老舗会席料理店「濱清」の長女。
近い将来、店を背負っていくことを期待される立場だったそうです。
そのため、妻の父親はローマへの移住に大反対。
それでも妻の決意は変わりませんでした。
番組によると、1年以上が経ってもその気持ちは変わらなかったそうです。
そして最終的には父親も二人を認め、父親からの援助を受けてローマに「濱清」をオープンすることになりました。
現在の「hamasei(濱清)」につながる日本料理店です。
hamasei(濱清)は妻が切り盛りして人気店に
1974年にhamasei(濱清)をオープンした当時も、延安昭一さんはテノール歌手として活動していました。
そこで実際にお店を切り盛りしていたのが妻でした。
浅草の老舗会席料理店「濱清」の長女として育った妻と、イタリアでテノール歌手として活動する延安さん。
二人がローマで始めた日本料理店は、やがてローマ随一の人気店へと成長していきます。
今では150席が連日満席になり、お客さんのほとんどが地元のローマの人。
しかし、そのスタートは「日本料理って何?」という人も多かった1970年代です。
最初は受け入れてもらえなかった寿司が人気料理となり、すき焼きまでローマの人々に楽しまれている。
約50年という年月を考えると、延安さん夫妻は一軒の日本料理店を成功させただけではなく、ローマに日本の食文化を伝えてきた存在ともいえそうです。
妻の実家・浅草の「濱清」は現在どうなった?
ここまで読んで、
「奥様の実家だった浅草の『濱清』は、今もあるの?」
と気になった方もいるかもしれません。
ローマのHamaseiは、東京・浅草の「割烹濱清(のちの懐石瓢庵)」のローマ支店として1974年に創業したお店です。
浅草の「懐石 瓢庵」は、台東区浅草3丁目で長年営業してきた料亭でした。
浅草観光連盟でも、数寄屋造りの建物で懐石料理を提供する店として紹介されています。
しかし、浅草の「濱清・瓢庵」は2021年7月20日に閉店。
地域の記録では「70年の歴史」を閉じたと伝えられています。
一方、ローマのHamaseiは現在も営業を続けています。
なお、浅草の「濱清・瓢庵」の建物の地下には「浅草濱清 下町懐石とうふ 川風」という姉妹店もありました。
浅草の本店は閉店しましたが、1974年にローマ支店として誕生したHamaseiは、現在もその歴史を受け継いでいます。
まとめ|延安昭一は世界的テノール歌手&日本料理のパイオニアだった!
今回は、『プラチナファミリー』で紹介された延安昭一さんと、ローマの日本料理店hamasei(濱清)についてまとめました。
延安さんは1965年、イタリア政府の奨学金を得てイタリアへ渡ったテノール歌手。
その後、数々の賞を受賞し、イタリアでは名誉市民にもなっています。
一方で1974年には、妻の実家である東京・浅草の老舗会席料理店「濱清」の名前を受け継ぎ、ローマにhamaseiをオープン。
日本料理がほとんど知られていなかった時代から、妻とともにローマで日本の食文化を伝えてきました。
世界的なテノール歌手として活躍しながら、日本料理をローマに広めたパイオニアでもあった延安昭一さん。
「オペラ歌手」と「日本料理店」。
一見まったく違う二つの顔が、妻との出会いによってつながっていたことが分かりました。
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