2026年7月11日の『アナザースカイ』にkemioさんが登場!
「kemioって何者?」「なぜ有名なの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
若い世代を中心に絶大な人気を誇る動画クリエイター・kemio(ケミオ)さん。
独特の言葉選びやテンポの良いトークで知られていますが、その背景には幼い頃から歩んできた人生や家族との深い絆がありました。
この記事では、kemioさんの家族構成やハーフのルーツ、両親や祖父母との関係について分かりやすくまとめます。
kemioのプロフィール
kemioさんのプロフィールは以下の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 活動名 | kemio(けみお) |
| 本名 | 非公表 |
| 生年月日 | 1995年10月16日 |
| 年齢 | 30歳(2026年7月現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 身長 | 193cm |
| 職業 | 動画クリエイター・モデル・エッセイスト |
| 活動開始 | 2013年頃(Vineでブレイク) |
| SNS総フォロワー数 | 約600万人(延べ) |
| 居住地 | アメリカ(ニューヨークを拠点に活動) |
| ルーツ | 日本・イタリア・イラン系 |
6秒動画アプリ「Vine」で人気を集め、その後YouTubeやSNSを中心に活躍。
現在はアメリカを拠点に、動画クリエイターやモデル、エッセイストとして幅広く活動しています。
kemioの家族構成は?
kemioさんの家族構成は以下の通りです。
- 父親
- 母親
- 兄
- kemioさん
- 母方の祖父母
2歳の頃に交通事故で両親を亡くしており、その後はお兄さんとともに母方の祖父母に育てられたことを公表しています。
現在の明るく前向きなキャラクターからは想像できないほど、多くの経験を乗り越えてきたことが分かります。
kemioはハーフ?ルーツはどこ?
kemioさんは、日本人の母親と、イラン系・イタリア系のルーツを持つ父親の間に生まれたミックスルーツです。
そのため、日本で育ちながらも、幼い頃から「周囲との違い」を感じる場面もあったそうです。
現在はアメリカを拠点に活動していますが、海外での生活を通して、自分らしく過ごせる環境や価値観に出会ったと語ることもあります。
kemioの両親はどんな人?
kemioさんは2歳の頃に両親を亡くしています。
そのため、両親との思い出を多く語る機会はありませんが、インタビューなどでは家族への感謝を度々口にしています。
若くして大切な家族を失った経験は、現在の発信活動や人生観にも少なからず影響を与えているのかもしれません。
kemioを育てた祖父母との関係
kemioさんとお兄さんを育てたのは、母方の祖父母で、特に祖母のかずこさんがメディアにも登場されて注目されたことがあります。
本人は過去のインタビューで、「昔ながらの厳しい日本の教育を受けて育った」と語っています。
一方で、その愛情深い家庭環境があったからこそ、現在の礼儀正しさや周囲への気遣いにつながっていると感じるファンも多いようです。
kemioはなぜアメリカへ渡った?
kemioさんは2016年にアメリカへ渡り、ロサンゼルスの語学学校へ通いながら活動を続けました。
その後はニューヨークを拠点に活動の幅を広げ、モデルやエッセイスト、クリエイターとして世界的に活躍しています。
『アナザースカイ』では、そんなkemioさんが海外で挑戦を続ける理由や、人生の転機となった場所への思いが語られるかもしれません。
(以下、番組放送後追記予定)
20歳で単身ロサンゼルスへ「自分には中身がない」と感じていた
動画配信や芸能活動が軌道に乗り始めていた一方で、
- 自分には中身がない
- このままでいいのだろうか
- 周囲の期待とのギャップ
に苦しんでいたことを語りました。
20歳になったばかりで飛び込んだロサンゼルスは、英語も話せず、自信もない状態からのスタートだったそうです。
語学学校での苦労と家族の言葉が支えになった
通っていたのはロサンゼルスの語学学校「コロンビア・ウェスト・カレッジ」。
遅刻や宿題忘れで退学寸前になったこともあったそうですが、
「火事場のバカ力で頑張った」
と振り返ります。
慣れない英語や車社会の生活に苦労し、アパートで泣きながら家族に電話したこともあったそうです。
それでも、
「いつでも帰ってきていいんだよ」
という家族の言葉が、逆に
「帰るもんか」
という気持ちにつながったと語っていました。
そして、他から見たら「努力」と思えることでも、「好きでやってきた」と軽やかに表現されたkemioさん。
その強さは、「火事場のバカ力」の話を聞いて、きっと家庭や家族関係で育まれたものだったのではないかと感じました。
ロサンゼルスで出会った人たちが価値観を変えた
ロサンゼルスで出会った友人たちは、kemioさんにとって家族のような存在になりました。
世界的に有名なゲイバー「THE ABBEY」で多くの人と出会い、生きた英語を学んだそうです。
また、大親友のボーディさんは、
「kemioは素晴らしい友人」
「人との関係を本当に大切にする人」
と涙ながらに語っていました。
kemioさん自身も、
「外国でここまで家族だと思える人に出会えると思っていなかった」
と話しています。
ロサンゼルスは今でも「再出発の地」
キャリアの転機になったのはロサンゼルス。
メルローズ地区にあるアースカフェ(Urth Caffē)という場所で、LAでモデルエージェンシーと契約したい、という想いを叶えたkemioさん。
モデルとしての原点となったのは、やはりロサンゼルスなのですね。
現在はニューヨーク・マンハッタンを拠点に活動していますが、
「LAは、その時の自分に帰れる”帰り道”みたいな感じ」
と表現していたことが印象的でした。
再出発の地としての「アナザースカイ」だったのですね。
モデル事務所との契約をつかみ取り、自分らしさを見つけた街。
ロサンゼルスという場所ではなく、
ロサンゼルスで出会った人たちとの時間こそが、現在のkemioさんを形作った原点だったのかもしれません。
まとめ
今回は、『アナザースカイ』に出演するkemioさんの家族構成やルーツについて紹介しました。
- 日本人の母親とイラン系・イタリア系ルーツを持つ父親の間に生まれた
- 幼い頃に両親を亡くし、祖父母に育てられた
- お兄さんとともに支え合いながら成長してきた
- 現在はアメリカを拠点に世界で活躍している
テレビで見かける明るくユーモアあふれる姿の裏には、多くの経験と家族の支えがあったことが分かります。
『アナザースカイ』では、テレビやSNSでは見えにくかった、kemioさんの努力や葛藤、そしてロサンゼルスへの深い愛情を知ることができました。
幼い頃に家族を亡くし、祖父母に育てられたkemioさん。
ロサンゼルスでは、国や文化を超えて「家族のような友人たち」と出会い、新たな居場所を見つけていきました。
現在の明るく自由な発信スタイルは、そんな経験の積み重ねの上にあるのかもしれません。
「LAは帰り道みたいな感じ」という言葉が、とても印象的でした。


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