池江璃花子A-Studio+|隣の部屋の患者「まりさん」との秘話に涙。白血病からの復帰が凄すぎる理由を理学療法士が解説

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2026年5月1日放送の『A-Studio+』に池江璃花子選手が登場!
そこに映っていたのは、かつて白血病で絶望の淵にいたとは思えないほど、25歳らしく笑う池江璃花子選手の姿でした。

番組で明かされた「入院中、隣の部屋の患者さんと交わした秘話」。
そのエピソードに、思わず目頭が熱くなった方も多いはずです。

私は理学療法士として、白血病の治療のために入院する病棟で10年以上演奏ボランティアを続けてきた人間として、多くの白血病患者の方が向き合う「言葉にできないほどの過酷さ」を間近で拝見してきました。

そして、私自身もまた、「舌がん」という病を経験したサバイバーの一人です。

病の種類は違いますが、一度自分の体が自分のものでなくなるような絶望を知る者として、池江選手の姿をただ「感動」という言葉だけで片付けることはできません。

白血病、そして造血幹細胞移植という過酷な道のりを経て、彼女が再び世界の舞台で泳いでいるのは、「天文学的な奇跡」の連続なのです。

なぜ、一度は「歩くことすらままならなかった」彼女の身体が、これほどまでに再生したのか?
なぜ、多くの患者を苦しめる後遺症を乗り越えられたのか?

今回は、医学的な「運」と本人の「天才性」、そして番組で語られた「絆」がどう肉体を再生させたのか、専門職の視点からその裏側を読み解きます。

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池江璃花子|競技人生と闘病の軌跡

池江璃花子選手の闘病も含めた経歴です。

天才少女の台頭(~2018年)

  • 圧倒的実績: 2018年ジャカルタアジア大会で日本人初となる6冠を達成し、大会MVPを受賞。
  • 期待の星: 2020年東京五輪のメダル候補筆頭として、日本競泳界の象徴的な存在に。

闘病と奇跡の生還(2019年~2020年)

  • 突然の発症: 2019年2月、白血病であることを公表。
  • 過酷な治療: 抗がん剤治療と「造血幹細胞移植」を経て、約10ヶ月の入院生活を送る。体重は激減し、一時的に筋力も消失。
  • 驚異の復帰: 退院後わずか数ヶ月でプールに戻り、2020年8月の東京都特別大会で実戦復帰。

白血病で1年たっていないときに五輪出場をかけたレースで優勝。
Aスタジオでも池江選手の泳ぎやインタビューが流れましたが、「ここに立っている」「今すごく幸せです」が本当に感動的でしたね。
何度ももらい泣きするこのシーンでしたが、今回も、また涙してしまいました。

世界の舞台への再降臨(2021年~現在)

  • 東京五輪出場: 2021年、リレー種目で東京五輪出場を果たし、世界中に感動を与える。
  • パリ五輪への挑戦: 2024年3月、個人種目(100mバタフライ)で自力で派遣標準記録を突破し、3大会連続の五輪代表権を獲得。
  • 現在の境地: 病を越え、かつての記録を追うのではなく「泳げる喜び」を胸に、ロス五輪までを見据えた「自分軸」の競技人生を歩んでいる。

白血病という絶望から、天文学的な確率の奇跡を掴み取り、自らの力で再び世界の頂点へ戻ってきた物語が凄すぎますよね。

なぜこの復帰が天文学的な軌跡なのか、見て行きましょう!

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驚愕!白血病から五輪選手復帰が「天文学的」な理由

一般的に「白血病からの復帰」と聞くと、治療が終わって体力が戻ったという印象を持つかも知れません。

しかし、造血幹細胞移植を経たトップアスリートの復帰は、医学の常識を覆すレベルの話です。

  • 一般的な「生存率」の壁は約60~80%
    10~20代の白血病5年生存率は約80%。
    ただし、池江選手のように「造血幹細胞移植」が必要な重症ケースでは、合併症や再発のリスクがあり、生存率は一般的に60~70%まで下がる
  • 「社会復帰」の壁は約50%
    多くに人が慢性的な倦怠感や免疫力の低下、後遺症に悩まされる。
  • 「トップアスリートへの復帰」の壁は、0.001%以下!?
    白血病を克服したアスリートは他にもいるが、五輪選手(個人種目)にまで戻った例は世界のスポーツ史上でも少ない。

白血病を乗り越えた世界のトップアスリートは、マリオ・ルミュー(アイスホッケー)、サク・コイヴ(アイスホッケー)、ジョン・レスター(野球)、カラスコ(野球)。

池江璃花子選手は水泳選手で個人種目。
世界でもこれだけの超人たちしかいない領域にいる、という本当にスゴイ内容なのです。

池江璃花子選手が実際に凄いポイント3つ、まとめてみました。

筋肉を溶かす「抗がん剤」と「寝たきり」のダブルパンチ

白血病の治療では、協力な抗がん剤を使うのですが、正常な細胞にも相当のダメージが。

池江選手も「手足が棒のようになった」と語った通り、筋肉の萎縮が激しかったのです。

通常、一度失われた「速筋(瞬発力を生む筋力)」を五輪レベルまで再構築するには、健常者でも数年単位の月日が必要。

それを池江選手は、移植後の免疫制限がある中で、成し遂げました。

「GVHD(拒絶反応)」という、努力では超えられない壁

移植を受けた患者にとって最大の試練は、ドナーの細胞が自分の体を攻撃する「拒絶反応(GVHD)」です。

  • 皮膚や関節の硬直
    (水泳選手に致命的な可動域の制限)
  • 肺機能の低下
    (呼吸器系へのダメージ)

拒絶反応で生じる可能性のある症状は、本人の努力だけではどうにもならない「運」の要素が非常に強いものです。

彼女が世界レベルの肩の可動域と心肺機能を維持できたのは、ドナーとの「天文学的なマッチング」があったからに他なりません。

「脳」が覚えていた、最速の「泳ぎの感覚」

理学療法士の視点で最も驚くべきは、彼女の運動学習能力です。

筋肉(ハードウェア)は一度壊滅しましたが、彼女の脳にある「泳ぎの感覚(ソフトウェア)」は最新鋭のままでした。

少ない筋肉をどう効率的に動かすか。
脳が神経系を爆速で再接続し、今の体に最適なフォームを即座に作り上げたのです。

逆に、その筋力低下による「力不足」があった時期は、いかに抵抗を減らして進むかという「技」に集中し、特に「ストリームライン(水中姿勢)に芯と張りを持つこと」=「インナーマッスルによる脊柱の安定化・体幹の連動性」を意識されていたのです。

致し方なのない理由で「体を繊細に極めていくこと」を行った池江選手ですが、それがあったことで、更なるステップに繋がったに違いないと思われます。

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隣の病室の「まりさん」との絆|運命の出会いと「感謝」とは?

今回のAスタジオでは、入院中に隣の病室だった「まりさん」にも取材!

「まりちゃん」の話が出た時、池江選手の目から涙が。

「もうこの子には入院中、すごく支えられて」と。

看護師さんから年齢が近い子がいると明かされていて、たまたまリハビリ室で会ったときに、池江選手から声をかけて仲良くなったそう。

まりさんを含む数人のみんなで消灯後にリハビリ室で会って、お互いの状況を話したりしたそうです。

まりさんと池江選手、本当は一緒の日に退院したかったそうですが、2日違いだったと。

誕生日や移植の手術日なども1日違いのまりさん。

退院後の外来での話だと思うのですが、似たような症状があったので、お互いの状況を話して、しんどかったことや、ちょっと楽になってきたことなど、共有しあえたそうです。

色々と偶然が重なって「仲間がいる」という感覚だったと語る池江選手。

そのお二人が、お二人とも状態良く過ごせていることが素晴らしいと感動しました。

今でも第二の誕生日である移植日をお二人でお祝いしているそう。

まりさんが入院しているとき、まりさんのお母さんが、まりさんの彼氏(後に結婚)に「どういう状況になるかわからないから、あなたもまりだけでなく、他の人ともお付き合いしても良い」という内容を伝えた、と鶴瓶さんは話されました。

池江選手も、同じような状況だったはず。
そのような辛い治療を乗り越えた池江選手とまりさんの絆は本当に深いものがあると思いました。

最後、鶴瓶さんが池江選手の親友・山本茉由佳(まゆか)さんの言葉を反芻されました。
「復帰して何回も吐くことがあった」
「そこまで自分を追い込むのは、一日でも早く前の自分に追いつきたいということなんだと思う」。
復帰後の五輪選考レースの映像をみると、「茉由佳さんは今でも泣いてしまうと」。

また、同じ病院だったまりさんとは第二の誕生日である移植日を、毎年お二人で健康に過ごせたことに感謝しお祝いしていることについて触れました。

「間違いなく世界のトップアスリートは、池江璃花子である、ということが証明されました」

と締めくくった鶴瓶さん。

池江選手は、じっと一点をみつめたままで、これまでを振り返っておられるかのようでした。
そして、しばらくして小さく数回うなづく池江選手。

これまでの壮絶な治療やその後のリハビリ・トレーニングと、周りにいた人とのかかわり全てを思い出しておられたのではないか、と感じ、私まで、また涙してしまいました。

ちょこっと一言!理学療法士&ボランティア癌サバイバーの視点

番組で紹介された、隣の病室のまりさんとのエピソード。

実は私自身、理学療法士としてリハビリに携わる傍ら、がん患者サロンの運営や血液内科病棟でのボランティアを通じて、数多くの患者同士の『絆』を拝見させて頂きました。

家族にも、医師にも、誰にも言えない孤独を抱える闘病生活。
そんな中、壁一枚隔てた隣に同じ痛みを分かち合える『戦友』がいることが、どれほど患者さんの心に癒し、すなわち生命力を引き出すか……。

まりさんとの恋バナやお互いのことを共有できる時間は、単なる娯楽ではなく、池江選手の細胞一つひとつを活性化させる、どんな薬よりも強力な『心の特効薬』だったはずです。

ボランティア活動経験後に自身も舌がんになり入院加療しましたが、白血病患者さんと比べて、私の癌なんて軽い軽いものです。
それでも、がんであることを告げられたとき、目の前の「未来」は真っ暗になった経験があります。

池江選手やまりさんが、患者同士として励まし合った時間は短くても、とても濃いモノで、お互いの闘病生活の支えになっただろうと推察します。
それどころか、退院してから今でもずっと「第二の誕生日」にお祝いしあうお二人。

「生きていることすら辛い」という想像を絶するすさまじい治療を一緒に乗り越えて、今の人生を歩める幸せをつかんだお二人には、普通に生活している私たちにはないほどの強い絆があるのだろうと思いました。

番組でお互いの健康や状態を喜び合う、それだけでもう、同じように病と向き合う方や、そのご家族にとっても、どれほどの希望になったでしょうか。

「大変だった」ことを一言も言わなかった池江璃花子さんは、本当に強い人だと感じました。

そして、私にとっても最高に胸アツなAスタジオでした。

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ロス五輪「楽しく引退したい」理由が「最高の境地」なワケ

かつて「日本競泳界の至宝」と呼ばれた彼女が、ロス五輪を見据えて語ったのは「楽しく引退したい」という言葉でした。

五輪の話がでた時、池江選手の声が少し緊張気味になりましたね。
本気で頑張っている人の声だと感じました。

もちろん「ロスに行きたい」けれども「それだけじゃないかなと今は思いますね」という言葉。

一見、控えめな目標に聞こえるかもしれません。

しかし、死の淵から生還した彼女が辿り着いたこの目標こそ、「最高の境地」と言えるものです。
そして、本気で向き合う「喜び」も同時に感じられました。

「期待」からの解放と「自分軸」の人生

病気になる前の池江選手は、周囲の期待に応えるためにも泳いでいました。

しかし、一度すべてを失い、隣の病室のまりさんと励まし合った経験を経て、彼女は「泳げること自体の喜び」を再定義しました。

「楽しく」というのは、楽(らく)をすることではなく、自分の意志で、自分の人生を全うするという能動的な決意です。

サバイバーが辿り着く「今、この瞬間」の尊さ

私自身も舌がんを経験し、またボランティア活動で多くの癌患者さん・白血病患者さんやそのご家族・ご遺族たちとコミュニケーションを図ってきた中で、確信していることがあります。

それは、大きな病を乗り越えた人は、未来の大きな名誉よりも「今日、納得して終われるか」を大切にするようになる、ということです。

「それだけじゃない」という言葉の裏には、これまでの壮絶なリハビリと葛藤を、最後は笑顔で肯定してあげたいという、自分への労いが感じられました。

「楽しむこと」が引き出すパフォーマンスは最高!

理学療法士の視点で見れば、過度な緊張や義務感は筋肉を硬直させます。

逆に「楽しむ」というポジティブな精神状態は、脳のドーパミンを活性化させ、かつての天才的な「泳ぎの感覚」を最もスムーズに駆動させることに直結します。

ロス五輪に向けた彼女の「最高の境地」は、精神的な余裕が生み出す「最強のパフォーマンス」に繋がっているはずです。

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まとめ

2026年5月1日放送の『A-Studio+』に、水泳の池江璃花子選手が登場!

白血病という、もっとも辛いかも知れない治療を経て寛解できただけでなく、五輪アスリートにまで復帰できるなんて、本当に奇跡中の奇跡。

普通の25歳の笑顔からは想像を絶する程の治療や努力のトレーニングがあったはず。
それをご本人からしっかり聞く事のできた今回のAスタジオ、とっても貴重な回でしたね!

ウナギや焼き鳥が好きっていうのが、なんか親近感湧きましたね。
また、海が怖い、というのが意外でした。

個人的には、闘病を共にされた「まりさん」の存在と仲間の居ることの「力」を拝見できたことが、胸アツでした!

池江璃花子選手の今後の益々のご活躍、そして「自分軸」の人生を謳歌される姿を、楽しみにしています!

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